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最高裁判所第二小法廷 昭和40年(オ)691号 判決 1966年4月22日

上告人

右代表者法務大臣

石井光次郎

右指定代理人検事

青木義人

(指定代理人三名)

被上告人

椿広人

右訴訟代理人

高橋秀雄

主文

原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人岩佐善巳、同春田一郎の上告理由について。

原判決が確定した事実によると、被上告人は、訴外マルセ商事株式会社に対して一、六二七、五〇〇円、訴外ダイヤモンド商事株式会社に対して一、二三二、八〇〇円の各確定判決による債権を有していたので、右各債権に基づき右各訴外会社が第三債務者らに対して有していた本件各債権を差し押えたところ、その頃、被上告人の右各差押と相前後して、各訴外会社の他の債権者らもその有する各債権に基づいて右被差押債権につき競合して差し押えたため、第三債務者らは右被差押債権の全額を供託し、かくて、配当手続となつて東京地方裁判所昭和三一年(リ)第一一六号、同年(リ)一一七号、同年(リ)第一二一号、昭和三二年(リ)第三〇号各事件として係属したことは、本件当事者間に争いがなく、また、被上告人は弁護士高橋秀雄(被上告代理人)を代理人として右執行手続を進めていたものであり、弁護士高野亦男は執行債務者たる前記各訴外会社の代理人であつたところ、右各訴外会社の代表取締役鈴木正二が、被上告人に無断で、右手続について被上告人より高野弁護士に代理権を授与する旨の被上告人名義の委任状一通を偽造して同弁護士に交付し、同弁護士は右委任状により執行債権者たる被上告人からも代理権を授与されたものとして、他の債権者の代理人弁護士唐沢高美らとともに、本件各配当事件における前記供託金全額を債権者の一人である訴外宇田安三郎に配当されても異議がない旨各債権者および債務者間に示談が成立した旨を記載した協議書なる文書を作成し、これを昭和三二年七月三〇日東京地方裁判所に提出したこと、そこで、本件各配当事件の担当裁判官は、右のとおりに示談が整つたものとして配当期日を同年八月三日と指定したが、右指定の告知は被上告人に関しては高野弁護士にだけなされたこと、右配当期日において、同弁護士は債務者たる各訴外会社および債権者たる被上告人の双方の代理人として出頭し、他の債権らの代理人とともに、担当裁判官に対し配当協議書どおりの配当表の作成を求め、同裁判官はこれに基づいて法定の優先順位その他にかかわりなく本件各供託金をいずれも右宇田川安三郎に全額配当する旨の各配当表を作成してその実施を命じたこと、かくして、宇田川安三郎は同月五日本件配当事件の供託金全額五、九二五、〇一〇円を東京法務局供託課から受領したが、被上告人はそのうちからなんらの分配をも受けなかつたため、もし正当な配当手続が実施されたとすれば当然に受けえたものと認められる配当額九三三、三一七円相当の損害を被つたこと、以上のことがいずれも認められるというのである。

原審は、右事実関係に基づき、金銭債権についての強制執行の配当手続においては、配当期日における債務者の陳述した意見は、それ自体として配当の実施に関し拘束的効果を有するものではないが、右意見が各債権者に反映し、その結果債権者よりの異議の申立がなされる余地があるから、その意味で債務者は債権者の権利の消長に影響を及ぼし、かつ利害の対立する地位にあるものということができるし、ことに、本件においては、債権者たる被上告人には従来別に高橋弁護士が代理人となつて手続に関与していたのであるから、その辞任・解任等がないのに、相手方たる債務者の代理人高野弁護士が卒然として債権者たる被上告人の代理人として出現するがごときことは、異常の現象というを妨げないから、代理権の存在および適否について職権調査の義務を負う裁判所としては、当然これを疑問とし、被上告人本人あるいはその代理人を直接審問する等適当な方法をもつて、本件委任状が形式上の要件を具備しているか否かを調査するのみでなく、果して当事者が双方代理の事実を認識しながら真に代理権を授与したものか否かについての調査をなすべきであつたというべきであり、もし担当裁判官においてかかる措置をとつていたならば、本件委任状が偽造であつて真実授権のなかつたことをたやすく発見できたことは推測にかたくないから、担当裁判官には偽造委任状の存在を看過した過失があり、したがつて、上告人国にはこれがため被上告人の被つた前記損害を賠償すべき義務があるとしているのである。

思うに、金銭債権についての強制執行の配当手続においては、前記原判示の程度の債権者・債務者間の利害の対立はあるにせよ、主たる利害の対立はむしろ競合する債権者相互間において存するものであるのみならず、同一人の弁護士が債権者・債務者の双方を代理して右手続に加わつても、双方の本人がそのことを知悉しながら真実これに同意しているならば、その代理行為が民法上の双方代理禁止に関する同法一〇八条の規定と同様の法理によつて無効であるとすることはできないと解されるし(なお、本件のような配当手続は、確定された債務の履行に準ずるものとして、そもそも民法一〇八条但書の場合にあたるとするような解釈さえ生ずる余地がないわけではない。)、また、弁護士法二五条一、二号に違反するものとしてその効力を否定することもできない(昭和三五年(オ)第九二四号、最高裁昭和三八年一〇月三〇日大法廷判決、民集一七巻九号一二六六頁参照)というべきである。既に訴訟代理人を選任している当事者が、その後追加的に他の代理人を選任することも時としてありうることであるし、そして、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする(弁護士法一条一項)弁護士の地位にかんがみれば、弁護士はその依頼者から受任する際に慎重な代理権の確認を行なう職責を持つものというべきであり、訴訟代理権の有無が職権調査事項であることはいうまでもないが、当該弁護士が自己の訴訟代理権を主張してこれにそう委任状を提出している場合には、裁判所としては、その代理権につき依頼者たる本人に対して一々確認しなくとも、その真偽を疑わせるような特段の事情のないかぎり、真正の代理権が存在するものとして取り扱えば足りるものというべきである。本件において、前記のような原審認定の事実関係、ことに、前示本件配当手続の性質、本件甲六号証(委任状)および甲七号証(協議書)の体裁およびその内容(とくに、甲七号証には、宇田川安三郎が受領した金員は、銀行に預金のうえ、弁護士唐沢高美、同高野亦男ほか三名が信義と良識に従い各債権者に配当する金額を決定して配当する旨記載されている。)等からすれば、債権者・債務者の双方を同一の弁護士が代理することは稀なことであるとしても、いまだ高野弁護士が提出した本件委任状が偽造であるかどうかを担当裁判官において疑つてみるべき注意義務があるといえるほどの特段の事情があるものとは到底認めがたい。

してみれば、前記のように、本件担当裁判官の措置に過失があるものとして、上告人国に対して被上告人の被つた損害の賠償を命じた原判決には、法令の解釈適用を誤つたか、もしくは、審理を尽さざる違法が存するものといわなければならない。したがつて、論旨は理由があるというべく、原判決はこの点において破棄を免れない。そして、本件は前記特段の事情の有無につきなお審理を要するものと認められるから、原審に差し戻すことを相当とする。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

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